露座の大仏

さぞ、大仏さんも暑いだろう、この残暑。

屋根の無いところで500年以上も風雨に耐えてきた鎌倉大仏。
大仏を収めていた大仏殿は、1334年(1335年?)と1369年に大風で損壊し、その都度再建されている。
「大風」とは、「台風」のことであろう。

1498年には、津波で、またまた大仏殿が流されたそうだ。
それ以来、再建されることなく、露座のまま今日に至っている。

明応7年(1498年)8月25日、明応東海地震が発生した。
房総半島から紀伊半島にかけて津波の被害があったようだ。

大仏殿は海岸から800m以上離れているのに、津波で壊れるものだろうか。

鎌倉時代、庶民は、半地下の掘立小屋で暮らしていたことが遺跡から分かっている。
大仏殿まで、大津波を遮るものがなかったのであろう。

浜名湖は、この地震によって海とつながっている。
それほどの大地震であり大津波が発生したのだ。

1498年、世は戦国時代。
1495年に北条早雲が小田原城を落とし、相模全土を平定したのは1516年。
大仏殿の再建どころではなかった時代だ。

寺自体も100年以上廃寺となっていたが、江戸時代、1712年に復興。
この時は、江戸の豪商が、周辺の田畑を買い、大仏の修理も行っているが、大仏殿の再建は行われなかったようだ。


奈良の大仏は、戦国時代に兵火で大仏殿を焼失したが、仮殿で復興した。
江戸時代になり、1610年、大仏殿が倒壊し、仏頭が落ちた。
数十年間そのままとなり、復興したのは1691年。
1709年に大仏殿の落慶式が行われている。

奈良の方が復興したばかりなので、鎌倉の大仏には、大仏殿を建てるだけの勧進(寄付)が集まらなったのであろうか。

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仁王門からは大仏は見えない。

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閉ざされた中門からも見えない。
隙間からちらっと見えるが、受付が左側にあるので、人の視線は左へ。

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拝観料を払って中へ入ると、

一気に視界が開ける。

露座の大仏だからこその感動。
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by tappee | 2009-08-29 13:41 | 観光・歴史・民俗 | Trackback | Comments(0)

漫画とは関係ありません。グルメ・音楽・心の旅について独り言と写真。


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